ムーミン谷とタンペレ(続編)
先のムーミン谷の話題に関連して、もう一つ思い出したことがあります。
前述のAamulehti文化欄担当のジャーナリストは、生前のトーベと面識があり、いくつか思い出話を語ってくれました。その中で印象深かったのは、タンペレの旧市庁舎で、トーベ歓迎のレセプションが開かれた時のひとこま。
旧市庁舎とはRaatihuoneという、ネオ・ルネッサンス様式の重厚な建物。一般公開はされていませんが、二度ほど中に入ったことがあります。その時の印象では、室内も外観同様クラシックなしつらえ。記憶にある限りでは、ダイニングルーム、サロンなど、グスタヴィアン、ビーダーマイヤーやユーゲント様式の装飾、家具で飾られていました。特にボールルームは天井からクリスタルシャンデリアがいくつも吊り下がり、中々の豪華さ。*1
そんな中で、トーベは室内を見回しながら、しみじみとおっしゃったそうな。「この雰囲気、ムーミン屋敷そのものね。」
ムーミン小説の挿絵からも、トーベのアンティーク趣味は見てとれるので、やっぱりね、と納得した次第。ムーミン谷美術館門外不出の「5階建てムーミン屋敷」の外観やインテリアを見ても、トーベの好みは顕著。じっくりと装飾様式や家具を観察すると、これが大変面白い。
ビクトリア様式*2のサロンは、クリスタルシャンデリアとユーゲント様式の家具で豪華かつフォーマルに。対してキッチンは、フィンランド語で "talonpoikais"(英語でpeasant、日本語では農民)様式*3という素朴でアットホームな造りになっています。
精巧に制作された「ムーミン屋敷」のディテールは見ていて飽きません。いつか、『ムーミン屋敷の装飾図鑑』なんて本でも書いてみたいものです。
また、ムーミン作品原画に登場する家具は、実際トーベの身の回りにあったものを参考にしているようです。例えば、『ムーミン谷の仲間たち』中の短編「スニフとセドリックのこと」の挿絵に描かれたロココ様式のベッドの天蓋は、トーベのアトリエに置かれていました。
トーベの姪、ソフィア・ヤンソンさんによると、この天蓋、1960年代にアトリエをモダンに改装した際に、アンティークショップに引き取ってもらった(つまりただであげてしまった!)んだとか。ソフィアさん曰く、「一度買い戻そうとしたけど、あまりに高額だったので止むなく断念。」うーん、残念!ぜひとも、新しいムーミン谷に展示してほしかった。
金銭欲、物質欲のないムーミン一家ですが、趣味嗜好は、実はとてもブルジョアでボヘミアンだったんですね。
なお、『ムーミン屋敷の装飾図鑑』出版の件、本気です。執筆オファーお待ちしております。